豆菓子・和菓子老舗の株式会社豆政の会社案内

豆便り

*お伊勢さん菓子博2017*
『第27回全国菓子博覧会・三重』
豆政も出展致します。
◎4年に1度の国内最大級のお菓子の祭典◎
ぜひ会場にお越しください。

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Company Profile

Company name MAMEMASA.Co.Ltd
Address Rokucho-me264
Nakagyo-ku.Kyoto.Japan
TEL 075-211-5211
FAX 075-211-4520
E-mail
Establishment of a business Feb.1884
Type of industry/product Japanese beans and sweets
Capital ¥20,000,000-
Representative Junya Kakuda(CEO)
Business partner Departmentstore(Daimaru、Takashimaya、Kintetsu、Sogo、Mitsukoshi、etc)
Kyoto station terminal
Kinkakuji-temple
Kiyomizu-temple
Ginkakuji-temple
Yearly turnover ¥1,000,000,000-

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History

明治17年2月 京都市中京区夷川通柳馬場西入北側(現在店舗の北側)にて雑穀煎豆業として創業。初代は角田 政吉、屋号を豆政とする。(数年後現在地である南側に移る。)
明治20年 白一色であった砂糖掛豆に四色を加えて「五色砂糖掛豆」として売り出す。(これが現在の夷川五色豆である。当時よりニッキ粉を入れて褐色とし、青海苔を使って青色として好評を博したのである。)
明治25年 全国で初めて中国からえんどう豆を輸入し、煎り豆として販売した。その品質の高さと格安な値段によって販路を広げる。
明治34年 豆政二代目当主として実弟政次郎が就く。
明治41年 五色砂糖掛豆を箱詰めにし、進物および土産品として売り出す。
同年、大阪鉄道局の許可を得て京都駅(当時七条停車場)の構内に「立売り」として渡月軒より販売していただくこととなった。また、売店では駸々堂で売られた。(当時売上は月五千円程度であった。)
明治43年 政次郎自ら豆煎機を制作。
京都市内の同業者に呼びかけ、京都煎豆商組合を組織し、自ら組合長となる。
同年、各地で行われた博覧会や共進会に出品し、受賞した。
明治44年 岡崎公園での京都商品陳列会において養老豆(当時の飛び出し豆)を宮内庁よりお買上げいただく。
明治45年 明治天皇崩御。
翌年、桃山に明治天皇陵が出来、それに伴い全国より参拝者が激増。五色豆の売上が大きく伸びた。
大正4年 大正天皇御即位の御大典が京都にて行われ、拝覧に入洛された人々への土産品として好評を博した。併せて京都で行われた記念博覧会においては実演販売を行い、好評のうちに連日品切れ状態が続いた。
同年、天皇陛下の天覧に供し、各宮様より御用命をいただいた。
大正6年 天皇皇后両陛下の台覧の上、多数お買上げの光栄を得た。それ以降御入洛の度天覧に供し、御用命をいただく。
東京・大阪の三越、名古屋の松坂屋百貨店と取引を始める。
大正8年 京都煎豆商組合が菓子業界初の京都府公認組合となる。引き続き組合長歴任。
大正9年 鳩豆の箱を各地にて販売、好評を博した。
大正10年 京都近鉄百貨店(前丸物)が京都駅前に京都物産館として創設され、出品した。
大正14年 節分に吉田神社境内にて節分豆を販売する。
(当初は組合に提唱したものの同業者の冷笑に遭い、単独で行った。俵型の入れ物に入れた商品が好評であった。)
昭和3年 11月、昭和天皇陛下御即位の後、京都に拝観者が激増し、連日売り切れとなる。
昭和19年 太平洋戦争のため一旦閉店する。
昭和21年 三代目当主として憲治が就く。落花生煎りを始め、復業する。
昭和24年 憲治が発起人となり、京名物百味会を創設。料理・嗜好品・菓子等「真の京名物」の復興を志す。
同年、京都大丸をはじめとした百貨店取引を始める。
昭和25年 東京日本橋三越において初めて「京名物洛趣展」を開催し、百味会・京呉服・工芸品が一同出品する。連日大盛況でった。以来今日まで盛況が続いている。
昭和27年 新築された京都駅に京都駅観光デパートが開店、出品取引を始める。
昭和32年 7月23日、組織を法人に改め、『株式会社 豆政』とする。
昭和38年 柳馬場夷川下がる弊社地続きに工場建設。(鉄筋三階建)
すはまだんごを制作、発売する。
昭和43年 9月、潤治四代目当主として代表取締役社長に就任。憲治会長に就任。
昭和45年 大阪・千里にて万国博覧会が開催され、出展販売する。会期中連日売り切れ状態が続く。戦後最大の観光ブームとなった。
昭和47年 夷川本店改装。
昭和62年 12月に豆政工場新築。
平成9年 京都駅ビル完成。JR伊勢丹百貨店開店。
平成14年 9月、五代目当主として潤哉が代表取締役社長に就任。潤治会長に就任。
平成16年 2月、創業120周年を迎える。クリーム五色豆発売。

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豆政

〒604-0965 京都府京都市中京区夷川通柳馬場西入る六丁目264
TEL 075-211-5211 FAX 075-211-4520

明治17 年、創業者「角田 政吉」が京都夷川(現在と同じ場所)にて豆の雑穀商として創業。
明治20 年に五色砂糖掛豆(現在の夷川五色豆)を考案し、京都駅で販売したことから京都名物となる。
現在、京名物夷川五色豆をはじめ、30 種類以上のこだわりの豆菓子や、
京銘菓すはまだんご・月しろ等おいしい豆にこだわった商品作りを展開している。

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